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酉の市
 酉の市
 近ごろ見られなくなりましたが、毎月五、十の日には駅前通りに植木市がたちました。

 植木市は、江戸時代から続いた六斉市の名残です。

 市の歴史は古く、日本書紀など古代の記録もすでに市の文字が見られます。

 杉戸宿には寛永13年(1636)に市ができ、五、十、十五、二十、二十五、三十の日が市日にきめられて、毎年六回市が開かれたと伝えられています。月に六回開かれたので六斉市といいます。

 初めは、周辺農村の農民たちがおもに必需品を物々交換という形で取引していたようですが、貨幣経済が進行するとともに定期的に開かれるようになりました。

 六斉市は、栗橋(一・六)幸手(二・七)久喜(三・八)粕壁(四・九)杉戸(五・十)と違う市日が組み合っていたので、農民たちはどの市場にも農産物を出荷することが出来ました。ほとんどが雑市で、毎日交易が行われました。

 市場には、たいてい座商がいて取引上のいろいろの世話をしたり、相場を立てたりしました。

 農民たちは、農産物や手工業品を市場に搬入して換金すると、帰りには日用品や農具などを購入し、時には飴、菓子などを家族へのみやげにしたりして、市場は農村社会の日常生活には欠かせない存在になっていました。

 また、農産物などの出荷状況によって、市場ごとに相場が立てられるので、農民はその時の相場立てをにらみながら周辺の市に出荷しました。

 取引される商品は玄米、大麦、小麦、大豆、小豆、あわ、ひえ、そばなどの穀類が主で、ほかに野菜や縄、わらじといった薬工品、木綿などでした。

 さて、市はどこで開かれたのでしょう。中町(杉戸二丁目)の愛宕神社の境内ではないかといわれていますが、定かではありません。愛宕神社の祭礼は十二月五日で市日にあたり、この日には酉の市が開かれます。

 また、戦前までは今の駅前通りや拓銀前通りに初市、だるま市、幕市などが開かれてにぎわいをみせていました。

 拓銀付近は、江戸時代には下町といわれ、問屋場が置かれ、伝馬の中継所があったと伝えられています。
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